板門店(2010-2-19)

板門店ツアー(2010-2-19)

板門店ツアーに参加しました。
板門店(2010-2-19)

 

 

板門店は個人では行けません。
ツアーに参加する必要があります。
朝8:30にソウルロッテホテル6F中央高速に集合です。

 

 

2/18(木)22時頃金浦空港に到着、
何だかんだで23時過ぎに鍾路3街(チョンノサンガ)のホテルに到着。
夜寝るのも遅くなり、朝眠かったですが、
ワクワクしていたのでそれほど辛くありませんでした。
遅刻する訳に行かないので早めに起きてロッテホテルに向かいました。

 

 

ロッテホテル。
板門店(2010-2-19)

 

8:50に出発です。
10時頃、板門店エリアに着きました。
検問所でパスポートを軍人さんに見せ、
DMZ内に入ります。DMZ内は写真撮影禁止です。
更に5分ほど走り、キャンプボニバスに到着しました。
バスから降りる前に、訪問者宣言書にサインをします。
板門店 訪問者宣言書
板門店(2010-2-19)

 

板門店(2010-2-19)

 

内容はかなり物々しく、冗談では済まされない内容です。
「・・・敵の行動(活動)によっては危害を受ける又は死亡する可能性があります。
・・・事変・事件を予期することはできませんので国連軍、アメリカ合衆国及び
大韓民国は訪問者の安全を保障することはできませんし、敵の行う行動に対し、
責任を負うことはできません。・・・(一部抜粋)」

 

 

 

サインをしたらバスを降ります。この時、バッグを持って行けません。
手ぶらでなければならないので
カメラ、財布などはポケットに入れてバスを降ります。
バスを降りたら、朝鮮戦争、板門店の歴史の説明を受け、
更に10分ほどビデオを見ます。
そして、再びバスに乗りいよいよ
共同警備区域(JSA Joint Security Area)に入ります。

 

 

 

いよいよ来ました、板門店です。
まずは軍事停戦委員会 本会議場です。
板門店(2010-2-19)

 

 

国連軍の兵士です。今は韓国軍が担当しています。
サングラスをかけているのは、目線が分からないようにするためです。
北と南の兵士は会話、身振りなど
あらゆる交信をしてはいけない決まりになっています。
目で挑発されたという口実を北朝鮮側に与えないよう
サングラスをしています。

 

因みに、北朝鮮兵士はサングラスをしていません。
朝鮮戦争やたまに起こる小競り合いがそうですが、
いつもちょっかいを出してくるのは北朝鮮で
韓国はあくまで防衛しているにすぎないのです。

 

 

 

韓国側から見学をする際、北側の観光客は待っています。
北側の観光客が見学をする時は、南側は待ちます。
この会議場で南北の観光客が入り交じることはありません。

 

 

窓から北朝鮮軍兵士を撮影しました。
窓から外を撮るのはOKです。
しかし、北朝鮮兵士に手を振ったり、合図を送ってはいけません。
板門店(2010-2-19)

 

 

ちょっと離れて撮れば兵士さんとの撮影はOKです。
板門店(2010-2-19)

 

 

窓の外を撮りました。石段が境界線となっています。
板門店(2010-2-19)

 

 

北の兵士と石段をバックに写真を撮ってみました。
胸につけているのは見学者用のバッジです。
板門店(2010-2-19)

 

 

ちょっと慣れてきたので、兵士さんの横で写真を撮りました。
遠慮気味に間を空けて並んでいる私です。
板門店(2010-2-19)

 

 

 

国連軍、北朝鮮軍の兵士は
あらゆる交信をしてはならない決まりになっていますが、
我々が見学している最中に外から北側兵士が
建物の壁をドンドンと蹴ったそうです。
「早く(観光客を入れる順番を)交代しろ」という合図だったそうです。
この程度の交信はある、と後でガイドさんが教えてくれました。

 

 

次に見学者用展望台に上り、北朝鮮側共同警備区域を見学します。

 

 

北朝鮮側の観光客です。
板門店(2010-2-19)

 

板門店(2010-2-19)

 

 

北軍兵士が少し離れた見晴台から警戒しています。
板門店(2010-2-19)

 

 

全体的に見るとこんなふうになっています。
板門店(2010-2-19)

 

先ほどの見学者が2Fに上がり、望遠鏡で何やら見ています。
板門店(2010-2-19)

 

板門店(2010-2-19)

 

更に上に上がり、何かを指差しています。
板門店(2010-2-19)

 

 

自由の家です。前の広場で過去にソ連人の亡命事件が起きています。
左側に北朝鮮の国旗が掲揚されているのが見えます。
板門店(2010-2-19)

 

 

ズームしてみました。
板門店(2010-2-19)

 

 

板門店見学はこれで終わりです。
見学時間は正味30分弱なので短いです。
帰らざる橋の見学はありませんでした。

 

 

帰らざる橋は昨年10月の板門店の建物工事に伴い、
一切行けなくなりました。
今年に入って、3回だけバスでぐるっと回ったことがあったそうです。
ですが、バスを降りて見学することは許されなかったということです。

 

 

 

帰らざる橋という名前の由来ですが、
朝鮮戦争が終わり、北朝鮮兵士(捕虜)を解放した際、
北朝鮮兵士の自由意思を尊重し、
韓国に残るか北朝鮮に戻るか選べるようにしました。
そして、一度この橋を渡って北朝鮮に渡ったら最後、
2度と韓国に戻ることが許されなかったので
「帰らざる橋」と名づけられました。

 

 

 

朝鮮戦争休戦の条件交渉の際、
北朝鮮は無条件に捕虜を送り返すことを主張、
国連軍は捕虜の意思を尊重することを主張し
交渉が難航したのでした。
北朝鮮兵士の捕虜17万人のうち
7万人が韓国に行きたいと希望していたので、
国連軍は選択できるよう主張をしたのです。

 

 

 

見学が終わってから、昼食です。
板門店(2010-2-19)

 

板門店(2010-2-19)

 

板門店(2010-2-19)

 

プルコギでした。とても美味しかったです。
韓国のこういう観光地化したところのレストランは美味しいです。
日本のこういう所の昼食は量は少ないし、値段も高いですが、
韓国はボリューム満点です。

 

 

 

食べ終わってから、臨津閣を見学しました。
半年前に来た時と違い、雪の臨津閣でした。
民間人が自由に来られるのはここまでです。
臨津閣以北はDMZ=民間人統制区域です。
板門店(2010-2-19)

 

板門店(2010-2-19)

 

板門店(2010-2-19)

 

板門店(2010-2-19)
この自由の橋は、朝鮮戦争が終わって、
捕虜として捕らえられていた韓国兵士が
北朝鮮から韓国に帰って来た際、
この橋を渡って 晴れて民間人になることができたので
自由の橋と呼ばれています。

 

まめちしき

1.朝鮮戦争は休戦状態にありますが、
休戦交渉にサインをしたのは北朝鮮と国連軍です。
大韓民国は休戦にサインをしていません。
韓国はあくまで朝鮮半島を統一したかったのです。

 

 

 

2.北朝鮮は北の共同警備区域に
中立国であるスイスとスウェーデンを入れています。
以前はチェコスロバキア、ポーランドも入っていたのですが、
チェコスロバキアはチェコとスロバキアに解体、民主化、
ポーランドも共産圏でなくなったので、北朝鮮は2国を追い出しました。

 

 

 

3.キャンプボニファス(Camp Bonfas)のボニファスは人名です。
ポプラ事件でなくなったボニファス大尉の名前です。

 

 

 

4.DMZの平和の象徴として、
南北共に自由の村という民間人居住区域があります。
自由の村はその昔は軍事出身者、希望者が住むことができました。
しかし、今は自由に住むことはできず、世襲になっています。
どうしても住みたい場合は、自由の村に住んでいる人と結婚して
自由の村に住むしかありません。

 

 

 

自由の村に住むと1年のうち 8ヶ月は自由の村に住まねばならず、
門限は23時という規制があります。
自由の村に住むメリットは・・・
・兵役免除
・免税
です。DMZ内では米を作ったりして生計を立てています。
免税なので、年収は日本円換算して1,000万円に達するということです。

 

 

 

北朝鮮にも自由の村があります。
当初、見せかけの宣伝村だったのですが、
今は人が住んでいるということです。

 

 

 

5.板門店を見学できない人・・・
イラン、アフガニスタン、パキスタン、
イラン、イラク、以前の共産国です。
中国人は見学が制限されます。
中国人であれば、北朝鮮から見学することになるのでしょう。

 

香港が中国に返還されるまでは香港人は見学を許可されましたが、
今はbackground checkが必要です。

 

韓国国民は見学を許可されませんが、
団体(30人以上)だと3ヶ月ほどの審査期間を経た後に
許可されることがあります。
いずれにせよ、韓国人が板門店を見学するのは大変なことなのです。

 

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DMZ TOP 烏頭山統一展望台 板門店(南から) 第4トンネル 板門店(北から)