第3トンネル 都羅展望台(2009-8-30)

第3トンネルへ(2009-8-30)

第3トンネルバスツアーに参加しました。

 

第3トンネル 都羅展望台(2009-8-30)

 

ソウル、ロッテホテルから出発しました。
ソウルの街を出ると自由路(高速道路)に入ります。

 

この自由路は漢江(ハンガン)沿いを走っています。
鉄条網が張られていて、軍人の監視小屋が点在することに気づきます。
第3トンネル 都羅展望台(2009-8-30)

 

「対岸は北朝鮮?」と一瞬思いましたが、対岸は金浦空港でした。対岸は韓国です。
第3トンネル 都羅展望台(2009-8-30)

 

第3トンネル 都羅展望台(2009-8-30)

 

第3トンネル 都羅展望台(2009-8-30)

 

第3トンネル 都羅展望台(2009-8-30)

 

第3トンネル 都羅展望台(2009-8-30)

 

なぜ早速、こんなに物々しいかと言いますと、
この漢江の河口約15キロのところから北朝鮮の国境があり、
北朝鮮が潜水艦で上陸して来ないように鉄条網が張られているわけです。

 

 

更にこの鉄条網には空き缶が並べられているところがあります。
人が触れて、空き缶が落ちると連鎖して他の箇所の缶も落ちて
非常事態だということがみんなに伝わります。

 

マッカーサーの仁川上陸作戦にあったように、水際の攻防はとても大事なのです。
上陸するか、上陸を食い止めるかで戦局が大きく変わるので
このような警戒警備が行われているのです。

 

 

 

ソウルを出て40分後、臨津閣、自由の橋に着きました。
臨津閣は民間人がパスポートなしで行ける最北端の地です。
第3トンネル 都羅展望台(2009-8-30)

 

 

ここはまだ、軍事境界線でもDMZでもありません。
北緯38度よりも南です。開城(ケソン)の街も北緯38度より南にあります。
韓国西部の軍事境界線(国境)は北緯38度よりも南なんです。
第3トンネル 都羅展望台(2009-8-30)

 

 

向こうに見える橋は京義線の橋です。都羅山駅に続いています。
第3トンネル 都羅展望台(2009-8-30)

 

展望台に登って撮った写真です。
第3トンネル 都羅展望台(2009-8-30)

 

 

第3トンネル 都羅展望台(2009-8-30)

 

第3トンネル 都羅展望台(2009-8-30)

 

生き別れになった家族、故郷を憂う碑です。
第3トンネル 都羅展望台(2009-8-30)

 

 

沢山の人が南北統一、平和を望んでいます。
第3トンネル 都羅展望台(2009-8-30)

 

第3トンネル 都羅展望台(2009-8-30)

 

 

自由の橋の入り口です。
第3トンネル 都羅展望台(2009-8-30)

 

橋の入り口にプレートがあります。
第3トンネル 都羅展望台(2009-8-30)

 

第3トンネル 都羅展望台(2009-8-30)

 

 

自由の橋の一番奥です。
第3トンネル 都羅展望台(2009-8-30)

 

みんなの願いが書かれています。
第3トンネル 都羅展望台(2009-8-30)

 

 

旗の向こうを覗くとこんな風になっています。
第3トンネル 都羅展望台(2009-8-30)
1953年7月27日、朝鮮戦争休戦協定締結後12,773名の捕虜がこの橋を渡り、
韓国に帰国したのです。
本当の意味で自由になった!ということから、
この橋は「自由の橋」と呼ばれています。

 

 

 

橋脚です。
第3トンネル 都羅展望台(2009-8-30)
この臨津江の上流は北朝鮮です。昔、川が氾濫すると人や牛の死体が流れて来たそうです。

 

 

 

第3トンネル 都羅展望台(2009-8-30)

 

かつてこの辺りを走った汽車が展示されています。
第3トンネル 都羅展望台(2009-8-30)

 

ここを見終わると第3トンネルに移動します。
ここから先、バスの中は写真撮影禁止でした。
検問所があり、そこで軍人さんがバスに乗って来て
一人一人パスポートを確認です。
何とも物々しい雰囲気でした。

 

 

 

第3トンネルに着いて、まずは映画館のような所で
第3トンネルについての映像を見ました。
朝鮮戦争の歴史、トンネルについての説明を受けてから
実際にトロッコでトンネルに入ります。
トンネルの中は撮影禁止ですので、ロッカーに荷物を預けてからトロッコに乗ります。

 

第3トンネル 都羅展望台(2009-8-30)
トロッコ乗り場は撮影OKです。この写真は、帰り際に撮りました。

 

 

 

トンネルの中はひんやりしますので羽織るものがあった方が良いです。
地下70mくらいまでトロッコで下ります。
ソウルの地下鉄が地下約25mの深さなので、
地下70mと言ったら相当な深さだということが分かります。

 

 

 

地下に到着してから、一列に並び奥へと入って行きます。
途中、岩盤に人が開けたような穴があり、その穴はペンキで黄色い丸がついています。
これは、北朝鮮がダイナマイトを使った穴です。

 

 

 

トンネルは意外に広く、高さは1.6〜2mくらい、
幅は2mくらいあります。所々低い箇所があります、
注意していても頭をぶつけるのでヘルメットは絶対に必要です。

 

 

 

地上に戻ると少々の自由時間があります。
資料館を見たり、外の広場で写真を撮るのですが
ツアーはとにかく時間がありません。
サササッと見ることになります。

 

 

 

大まかな図形です。第3トンネルは南方限界線の435mまで達しています。
第3トンネル 都羅展望台(2009-8-30)

 

トンネルを掘る際に使われた道具です。
第3トンネル 都羅展望台(2009-8-30)

 

DMZは人が立ち入らないので、自然がいっぱいです。
第3トンネル 都羅展望台(2009-8-30)

 

境界線を警備する兵隊の模型。
第3トンネル 都羅展望台(2009-8-30)

 

北朝鮮の作業員がトンネルを掘っていた様子。
第3トンネル 都羅展望台(2009-8-30)

 

 

分かれた南北をくっつけようとしている銅像です。
第3トンネル 都羅展望台(2009-8-30)

 

 

第3トンネル前の広場です。
第3トンネル 都羅展望台(2009-8-30)

 

 

次は都羅展望台に移動です。

 

 

都羅山展望台、ここは私が最もしみじみと見入った場所です。
北朝鮮の風景、非武装地帯、開城(ケソン)が見える所です。
第3トンネル 都羅展望台(2009-8-30)

 

第3トンネル 都羅展望台(2009-8-30)

 

 

この建物の左側を歩いて行くと…目の前に北朝鮮が見えました!
第3トンネル 都羅展望台(2009-8-30)

 

 

木も山も空も、韓国や日本と同じ色をしています。
「北朝鮮の空も青いんじゃん…」本当にそう思いました。
テレビで北朝鮮の人も街も見たことはありますが、
閉ざされた国、秘密国家を生で見たことに特別なものを見た感覚がしました。

 

 

 

ここには黄色の線が引いてあって、
それより先で写真撮影をしてはいけない決まりになっています。
北朝鮮の空は、私にとってあまりにも印象深かったので撮った写真を全部載せます。
第3トンネル 都羅展望台(2009-8-30)

 

 

軍人さんがその辺を歩いているので写真に入りました。
第3トンネル 都羅展望台(2009-8-30)

 

第3トンネル 都羅展望台(2009-8-30)

 

第3トンネル 都羅展望台(2009-8-30)

 

第3トンネル 都羅展望台(2009-8-30)

 

第3トンネル 都羅展望台(2009-8-30)

 

 

北朝鮮の旗です。
第3トンネル 都羅展望台(2009-8-30)

 

 

第3トンネル 都羅展望台(2009-8-30)
国境付近に韓国が100mの塔を作って、韓国旗を立てたら
今度は北朝鮮が160mの塔を作って旗を立てたそうです。
何ともばかばかしいことですとガイドさんは言っていました。

 

 

ツアーはとにかく時間がない!
ここはガイドさんの説明が終わってからたった7分しか自由時間がなかったので
早く写真を撮ってバスに戻るしかありませんでした。

 

 

 

次は都羅山駅です。

 

第3トンネル 都羅展望台(2009-8-30)

 

ここは京義線最北端の駅です。
ソウルまで56km、開城まで17km、平壌まで205kmの位置にあります。
ここから開城の街に電車が走っています。
韓国の企業が開城において、現地人(北朝鮮人)を使って工場を営んでいるのです。
日本がアジアに工場を作っているのと同じだとガイドさんは言ってました。
夏休み期間は本数が減りますが、9月になるとまた本数が増えます。
(私が都羅山駅に行ったのは2009年8月30日日曜日)

 

 

 

ガイドさんによると、開城に行き来するようになってまだ5年ほどだということです。
工場長が北朝鮮に監禁されるようなことはないのかとガイドさんに聞いたところ、
近年、北朝鮮の体制を批判したということで
韓国人が開城で半年ほど監禁されたそうです。
民間レベルで行き来があると言っても、北朝鮮だけは安易に近づける気がしません。

 

 

 

京義線でここに来るためには、一旦、前駅の臨津江駅で下車し、
身分証明書、パスポートを提示しなければなりません。
都羅山駅はかつて、ジョージ・ブッシュ大統領も訪れたことがあります。

 

 

 

駅前に線路が敷いてあります。

 

第3トンネル 都羅展望台(2009-8-30)
都羅山駅に線路を延ばす時100億ウォンの大金が必要でした。
この時、寄付をした人たちの名前が線路の横に刻まれています。

 

 

 

都羅山駅構内です。
第3トンネル 都羅展望台(2009-8-30)

 

第3トンネル 都羅展望台(2009-8-30)

 

第3トンネル 都羅展望台(2009-8-30)

 

 

売店もあります。この店員さん、お菓子食べながら仕事をしていました(笑)。
第3トンネル 都羅展望台(2009-8-30)

 

出国手続き所です。
南北行き来ができるようになったら、出国審査が必要になります。
その暁にはシベリア鉄道・中国鉄道とつながることになり、
都羅山駅は大陸へ出るための主要駅となります。
その日のために出国手続き所が作られました。
第3トンネル 都羅展望台(2009-8-30)

 

 

先ほどの都羅山駅展望台です。
古代からいくさの重要な地点として認識されていました。
第3トンネル 都羅展望台(2009-8-30)

 

 

この山を占領すると、戦局が優位になったということです。
魏×蜀の街亭の戦い然り、羽柴秀吉×明智光秀の山崎の合戦しかり、
山は重要ですね。

 

 

 

先ほどの線路を都羅山駅の方から見た写真です。
第3トンネル 都羅展望台(2009-8-30)

 

 

駅から少し離れたところに自由村のお土産屋さんがあります。
そこに面白いものが売っていました。
DMZ(非武装地帯)で獲れたお米です。DMZにはあちこちに田んぼがあります。
第3トンネル 都羅展望台(2009-8-30)

 

 

第3トンネル 都羅展望台(2009-8-30)

 

 

野菜も収穫しています。
第3トンネル 都羅展望台(2009-8-30)

 

これで臨津閣(自由の橋)に戻り、昼食を取ります。
その後、バスでソウルの街に戻ってツアーは終了です。

 

 

ガイドさんは、北朝鮮出身のアナウンサーと話をしたことがあり、
ソウルと北朝鮮のハングルは違うと言っていました。
ソウルはの〜んびりした話し方をするそうです。

 

北朝鮮はテレビでよく出てくるように、基本的に抑揚をつけないそうです。
その中で、強調しなければならない単語があり(将軍様、金日成など)、
それを強く発音するとあんな風な口調になると言っていました。

 

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